2019. 1. 6
「幼子を招くキリスト」
マルコによる福音書  3章13〜16節
小 菅  剛  牧師
 マルコ10章に、離婚(:1〜12)、子ども(:13〜16)、金持の青年(:17〜22、マタイ19:22)、真の家族(:29〜30)があり家庭、家族の章と言われています。再臨の前に世界の家庭が崩壊して言われますが深刻な問題です。
 今年の教会、教団標語は「さあ、今こそ次世代の宣教と信仰継承」です。教会は58周年を迎え、信仰継承は取り組んできましたが、この年はこの目標に一層取り組みます。なによりもイエスが幼子を招いておられます。親、牧師、教会学校、教会の四隅の取り組みです(マルコ2:3)
  1、子供をイエスのもとに連れて行く親の責任:13
 連れて行った人々のほとんどはお母さんでしょう。親は子どもの幸せを願います。こんにち親は間違った子どもの幸せを与えています。ここに出てくるお母さんは正しい子どもへの愛と幸せを求めた親です。イエスの祝福を子どもが受けることがお母さんの切望でした。「主を畏れることは知恵の初め」(箴言1:7)、「神を畏れ、その戒めを守れ、これこそ、人間のすべて」(コヘレト12:13)とあります。これを知っているお母さんは子どもをキリストに連れて一緒に行きます。これは、世で子どもが守られ、来るべき世で生きる道だからです。
 親がまず聖霊に満たされ、信仰に燃えていることが最優先です。子どもに見せる福音でしょう。子どもを強制でなく、熱祷が求められます。親の責任です。
  2、イエスは幼子を招く:14
 イエスと弟子の違いを見ましょう。幼子の世界は神の国だと言われました。子ども妨げたり、躓かせたりしないように襟を正しましょう。子育ては夢破れ、子育ては失敗、子育ては親が謙遜になれます。子どもを連れて行く手、子どものために祈る手、子どものために神に仕える手が必要です。イエスは子どもを招いておられます。