2017.12. 3
「マリアの従順」
ルカによる福音書  1章26〜38節
小 菅  剛  牧師
  クリスマスの喜びの背後に、一人の女性がいます。マリアです。ルネッサンスからマリアは絶世の美女として描かれてきました。それ以前はビザンチン芸術にあらわされるように、外見や容貌の美しい女性というよりは、内面の美しさを見るように、この世の女生と異なる内面が描かれました。これは、大切です。マリアは天使のメッセージに「わたしは、あなたのはしためです。お言葉どおり、この身になりますように」(:38)と応えます。ここにマリアの従順と献身が伺えます。
  1、理解できないメッセージ:26〜34
 マリアに伝えられた「主が共におられる、男の子を産む」メッセージは理解できませんでした。主が共には特別な人物に特別な働きが伴うものでした。わたしたちは主の言葉をすべて理解できるというのではありません。マリアの叔父さんゼカリヤは、神の言葉に不信仰を起こして口がきけなくなりました(:20)。しかし、マリアは不信仰ではなく、もっと意味を知りたかったのです。不信仰と神に説明を求めることは違います。
  2、神はマリアの信仰を助けられます(:34〜37)
 神は理解できるまで説明はされませんが、神の言葉を信じるように助けられます。第一は、が高齢で不妊のエリサベトが男の子を宿したことでマリアも信じるように。第二は、「神にはできないことは何一つない」と神の性質をマリアに思い起こさせて理解ではなく信仰を持つように励まされます。
  3、マリアの勇気ある決断:38
 お言葉どおり自分に子を宿したなら何が起きるかも受け止めました。夫ヨセフから離縁、律法によれば死刑ものです。近所の噂と非難を受けるでしょう。しかし、マリアは主のはしためとして自分を神に献げました。マリアのみ言葉への従順にクリスマスがありました。