2017.11.12
「お互いが幸せに生きる掟(規則)」
申命記  5章1〜22節
小 菅  剛  牧師
 

 序論
 1、申命記は民が約束の地で幸せに生活する律法です。
ホレブの山で十戒は与えられました。その時から40年が過ぎ、モーセは新しい世代に約束の地で十戒を生活するように語りましたのが申命記です。
 2、6節の神を忘れずに覚えているように繰り返し語られています(5:15,6:12,7:18, 19,8:2,11,18,15:15,16:3、24:18)。
大手術で奇跡的な回復をした患者がドクターの言うことを忠実に守ります。エジプトで奴隷から解放してくださった神を覚える時、律法を忠実に守ります。しかし、民は「のど元過ぎれば熱さを忘れ」で、この神を忘れ律法を踏みにじる歴史でした。残念です。
  本論
 1、最も重要な掟はこの十戒です。(マタイ22:34〜40)
イエスは、神が与えられた掟の中でこの十戒が最重要であると言われ、愛神愛人(敬神隣人愛)と要約されました。イエスの贖いは儀式律法を無効にしましたが、十戒の道徳律法は聖であり善であり変わることはありません
 2、十戒は神の御心であり、罪が何であるか教えます。
(1)この神だけを神としなさい。天地創造唯一の神です。
(2)偶像をつくり、礼拝をしてはなりません。
(3)主を畏れ敬い、軽率に神の名を用いてはなりません。
(4)神を信じるとは、安息日に共に礼拝をすることです。
(5)父母を敬う関係は人間関係の基本です。
(6)殺人の前に盗みが出ます。神のものを盗んだアダム。
(7)兄カインが弟アベルを殺します。命は神のものです。
(8)姦淫は、お互いの純潔を守らなければなりません。
(9)偽証罪は法廷。偽って兄弟を踏みにじらないように。
(10)貪りは、内心です。与えられているものに満足を。
罪がわかってこそ、キリストの十字架の恵みが分ります