礼 拝 説 教 要 旨          2007.4.22
「キリストを知る」
マルコ福音書  3章20〜30節
小 菅  香 世 子 師


1. イエス様の身内の人たち
 信仰を持とうと決心した時、身内の者から「自分の心の支えとして信仰を持つのはかまわないよ。信教の自由は憲法で認められているからね。でも宗教はあんまり深入りしないほうがいいよ。人にはすすめないでね。」ぐらいのことは言われた方は結構いるのではないかと思います。イエス様の身内もそうでした。み言葉を語り、病を癒され、悪霊を追い出され、大工の仕事をなさっていた時と比べるとたいへんな様変わりだったのです。身内の者は信仰が行き過ぎたとしてイエスを取り押さえにきたのです。だれひとりイエス様のことを本当に知ろうとしませんでした。
2. 律法学者たち
 律法学者たちは、イエス様のことを信仰ではなく、逆のこととして考えました。イエス様は鮮やかに悪霊を追い出されましたが、それは悪霊に取り付かれていたからだと言うのです。イエス様は「サタンがサタンを追い出せない。国が内輪で争えば、その国は成り立たない」といわれました。律法学者たちはイエス様のことをサタン呼ばわりしたのでした。
3. イエス様の言われたこと
 律法学者のサタン呼ばわりを主は赦されますが、ここでイエス様は意図的に聖霊に逆らうことに対して、永遠に罪の責めを負うと言われました。これは、猶予期間の最後まで持ち続けるところの悔い改めない頑固さです。このようなかたくなさが、律法学者にはありました。このためにイエス様のことをきちんと知ることができなかったのです。イエス様は、いろいろな思いでいっぱいの周りの人々に、その心を虜にしているサタンの力を打ち破って勝利をくださるお方であります。そのようにイエス様のことを知るものでありたいです。


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