礼 拝 説 教 要 旨 2006.7.30
「神の招きに応じよう」
ルカ福音書 14章15〜24節
小 菅 剛 牧師
1. 幸福の招待
イエスと共に食事した客の一人が感銘を受けながら「神の国で食事する人は、なんと幸いなことでしょう」と言った。神の国の食事とは、神を見て食事をする幸福であり、そこには罪許され義とされる喜び、平安、健康、豊かな養い、神との交わり、永遠の命など救いの別な表現である。聖書はあなたをこの幸福の招待を告げる書物である。神はあなたを幸福にできる。神の国の食事は、ある人の盛大な宴会で現されている。宮中晩餐会や宮廷料理どころではない。かつてモーセは民の指導者と共にホレブの山で神を見ながら食事した。床はサファイアの敷石のようであったと(出エジプト24:9〜11)。
2. 宴会の時刻
「もう用意ができました」と告げられた。宴会のための子羊は屠られたのである。人類が堕落し、メシア予言を告げられたが、ようやく救いの時が来た。メシアは打たれ、苦難を受け、十字架で殺され、三日目に甦られた。十字架の七言は宴会の時刻を告げる。神の側で全てを整えて私たちを迎えられる。ダビデは友ヨナタンの愛と死を覚えて息子メピボシェットを王の食卓にいつまでも着座させた。彼は足が不自由であった。我らは貧しく、体も足も不自由で目の見えない罪深いものである(14:13、21)が神は招きたもう。「無理にでも」(:23)と熱心に招かれる。恵みである。価なくして招かれている。
3. 反抗的拒絶
ここには@奇妙にも全員一致した拒絶。A薄っぺらな拒絶理由。B本心は招きに行きたくなかったのだ。理由なき反抗である。「二度目の招待をしないのは、先の招待状を取り消すに等しいはなはだしい無礼である。二度目の招待を断るのは、屈辱であって、アラブ諸部族では宣戦布告に等しい。」これが東方の習慣であった。よって24節は厳粛である。
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