礼 拝 説 教 要 旨          2006.4.30
「世界に新しい言葉を」
マルコ福音書  16章9〜20節
小 菅  剛 牧師


 復活の続きは
マルコ福音書は16章8節で本来は終わっている。ここでマルコが殉教したのか、マルコの続きの文章が9節から破られ失われたのかわからない。マルコは復活の出来事を喜びとか平安で締めくくらず、気を乱し、恐れて沈黙していたと記す。読者は8節以後どうなったのと続きを知りたい。9〜11節はヨハネ福音書に、12〜13はルカ福音書の記事を要約している。9節からは初期の写本にはなく後期の写本にある。よってほぼ紀元100年頃イエスの直接の弟子ではなかったがアリスティオンによって加筆されたと言われているが確定はできない。この箇所は他の聖書と矛盾なく世界的にマルコの追加分として受け入れられ、復活の続きを読めるようになった。
 福音を宣べ伝えなさい
 「十字架につけられたイエスは復活された」を聞いた女性は恐ろしく誰にも言わなかった。復活の主に出会ったマリヤと二人の弟子はようやく復活を信じ、この知らせを伝えたが誰も信じなかった。信じなかった弟子たちにイエスは現れて復活の福音を伝えるように命じられる。「信じない者は滅びの宣告を受ける」と言われた。破滅宣言である。もし、復活を聞いただけで信じた弟子なら、「滅びるぞ」と脅迫してでも信仰に導きかねなかった。復活を伝えたマリヤもエマオの村の弟子も信じない弟子にもどかしさを感じたであろう。弟子はイエスの死を悲しんだ。悲しみは心柔らかくするものだが、悲しみの中でもかたくなであった弟子たちはイエスにとがめられた。弟子たちは自分の不信仰さと心のかたくなさを覚えながら伝えた。その証を神は用いられた(:20)。
 新しい言葉を(:17,18)
 初代教会には奇跡があった。その中で「新しい言葉」は今日も続く。バベルの塔で言葉が乱れ心は通じなくなった。しかし復活を信じる人は慰めの言葉、祝福の言葉を語るようになる。


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