礼 拝 説 教 要 旨 2006.4.23
「イエス御自身が近づいて」
ルカ福音書 24章13〜35節
小 菅 香 世 子 師
1. 復活を話し合い論じ合う
キリストはそのご生涯の中で3度弟子たちにご自分が十字架につけられ、三日目に復活することを言われています。(ルカ9:22,9:44,18:33)3度も聞いていたのに実際そのことが起きたとき、彼らはその話がたわごとのように思われたのです。ペトロなどはからの墓まで見たのに驚きながら家に帰ったというのです。
クレオパともう一人の弟子は情報としてはこの復活の出来事をよく知っていました。しかし、これらのことは彼らにとってエルサレムで起きた出来事でしかなく、エマオまで行く道すがら語り合い論じ合うだけでした。復活が単に言葉のやりとりでしかなかったのです。
2. 復活のイエス御自身が近づいて来て
弟子たちはあの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかし、人が神に期待することと、神が私たちにしてくださることは、違うようです。人は政治的、武力的、地上的救済を期待していました。しかし、キリストは姿を変えて(マルコ16:12では別の姿とあります)御自身のほうから近づいてくださっているのです。復活の主は落胆している二人と共にもうすでに一緒に歩いてくださっています。残念ながら二人の目は遮られていました。イエスは物分りが悪く、心が鈍く、信じられない者たちとおしかりになっています。辛抱強く主は聖書全体を説明され、無理に引き留めた二人と共に家にはいられたのです。
3. 復活でわたしたちの心は燃えていた
復活の主が家に入られ、パンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いて渡してくださる…。パンを裂くといういつも繰り返される日々の営みにうちに復活の主はおいでです。イスラエルの解放ということよりも、等身大の歩みのなかにこそよみがえりの主は近づいてくださる。
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