礼 拝 説 教 要 旨 2006.4.16
「復活があるのだから」
Tコリント 15章50〜58節
小 菅 剛 牧師
「悩みは人間が活動しているときではなく、一日の仕事が終わったときに人間にとりつき、害をなすことが最も多い。そんなときには、やたら妄想がほとばしり、あらゆる種類の馬鹿げた可能性を拾い上げ、取るに足りない失策を一つ一つ拡大してみせる。こんな場合には、あなたの心は荷重なしに動いているモーターそっくりだ。空転したまま軸受けを焼き尽くすか、粉々になってしまう恐れがある。悩みに対する治療法は、何か建設的な仕事に没頭することだ」(コロンビア大学教育学部教授のJ・L・マーセル)
「悪への誘惑の最善の解毒剤は良いことに活発に従事することである。善をもって悪に打ち勝ちなさい。疑いの最善の答えは働くことである」(ロバートソン)。
コリントの教会には「キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、死者の復活などない」(15:12)という人々が起こり、疑いが教会の中を汚染し始めました。そこで、この復活の章と言われる15章でパウロはキリストの復活の確かさを、伝えられた福音によって、直接キリストの復活に出会った弟子達の例証によって、復活しないキリストを復活したと伝えるなら神に背く偽証人となり、もっとも惨めな者であると語りつつ復活を力強く論じます。そして、マーセルやロバートソンが説いているように「主の業に常に励みなさい」(いつも全力を注いで主の業に励みなさい。口語訳)と58節で勧めます。主の業として、「聖なる者たちのための募金」(16:1)、「わたしの働きの門が」とある伝道(16:9)「心配なく過ごせるようお世話ください」(16:10)などがあげられましょう。主の業に全力で励むなら信仰の動揺や疑いから自分を守り、その苦労は無駄にならず実りがあり、その人の働きに応じた報いさえあるのです。
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