礼 拝 説 教 要 旨          2005.7.24
「笛吹けど踊らない時代」
ルカ福音書 7章24〜35節
小 菅  剛 牧師


 「何を見に」とイエスは三度(:24,25,26)繰り返してバプテスマのヨハネの重要さを強調された。彼は預言者以上の預言者でメシアの前を行き、メシアを証言し、メシアを受け入れるための心の準備を人々に促した。民衆は彼に従って罪を悔い改め、洗礼を受けた。
 一方、このヨハネから洗礼を受けず、「自分に対する神の御心を拒んだ」人々がいた(:30)。神の御心とはヨハネの説教に罪を悔い改めて洗礼を受けることであった。人々はヨハネの説教を聞かず、神の約束を受け入れず、悔い改めず、神の救いの恵みを無効にした。
 イエスはその時代を広場の子供たちが遊ぶことに似ていると語られた。親は市場に買い物に行っている間だけ、子供は広場で遊ぶ。子供の遊びは自分の世界に入って、それぞれが自分勝手に遊ぶ。誰かが結婚式ごっこをして、笛を吹いて愉快にやるがほかの子供はそれを無頓着で自分の遊びに熱中している。また、ある子供が葬式ごっこをしているが、周りの子供はそれに無関心で自分の世界で遊んでいる。預言者以上の預言者ヨハネに心を閉ざし、真理の言葉に心を動かさない冷たい心を子供の遊びで表現された。
 イエスが結婚式の列席し祝福され飲み食いすれば、「見ろ大食漢で大酒飲み」と言って批判する。ヨハネが人々の悪い行いを見て悲しみ、断食をすれば悪霊に憑かれていると軽蔑する。人々がヨハネにもイエスにも冷たい時代を嘆かれた。いつの時代もそうなのか。イエスが笛を吹かれたら行動しよう。そんな感受性を神の言葉に持とう。
 「ヨハネよりも偉大な者はいない。しかし、神の国で最も小さい者でも、彼よりは偉大である」(:28)とはどういう意味であろうか。職務の違いである。ヨハネは旧約時代に仕え人、古い契約に仕えた最後の預言者である。しかし、私たちはイエスの福音を宣べ伝え、罪の赦しを宣告する新約の奉仕者であって、栄光ある努めを受けている(2コリント3:4〜11参照)。


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