礼 拝 説 教 要 旨          2005.7.17
「喜びが満ちあふれるように」
Tヨハネ 1章1〜10節
小 菅 香世子 師


1. 初めからあったもの
 十二弟子の中で一番年若であったヨハネは、長寿でありました。おそらく90歳を越していたと思われます。この手紙は彼の晩年、AD90年ごろエペソで書かれたといわれます。そのころはもう直接イエス・キリストに出会った人々も少なくなり、知性、理性、哲学でキリストを知ろうとする人々がおりました。キリストは人性をもたず、霊の姿であってただ人の姿に見えただけだったと、教会の中でも語る人も出てきたのです。
 キリストを深く愛し、そのふところ近くにおったヨハネはそうではない、自分はそのおかたをじっと見、そのお方の声を聞き、手で触れたと言うのです。このヨハネの経験は、ヨハネに止まりませんでした。なんとキリストを信じる者たちに、聖霊によって現実化したのです。しかも、このお方は初めから“あった”お方なのです。
2. 神は光
 キリストの語られる言葉からヨハネは神は光のようなお方だと知りました。一点の陰もない光です。その光の中に出たならなんと自分は汚れた存在かと思うことでありましょう。もし、光に照らされたとき自分に罪がない、罪を犯したことがないと言うなら、自分を欺くことであり、神を偽り者とすることになるとヨハネは語っています。世の光であられたキリストと共に過ごしたヨハネは、この光の中を心から歩みたいと思いました
3. 神との交わり
 この歩みは、まず神の前に謙り、自らの罪を認めることからはじまります。光の中を歩むとき真の神との交わりもあります。初めから“ある”そうしたお方との交わりです。そこでは何の気取りもてらいも取り繕いも必要ありません。それは魂の奥の部分に真の自由と喜びをもたらすのです。喜びが満ちてくるのです。


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