礼 拝 説 教 要 旨                  2004.11.7
「神の愛に生きる」
ヨハネの手紙T 4章7〜12節
小 菅  剛 牧師

 「神は愛なり」と教団事務所の屋上に掲げあり、隣の小学校からも見える。小さいころから目に焼き付けて欲しい御言葉。
 7節から12節の間に15回「愛」が繰りかえされています。
 人は愛されて生きる。だれか理解してくれる人がいたり、そのままの自分を受けいれてくれている時、生きるパワーが出てくる。許してくれる人がいれば笑顔になる。逆に、だれも理解してくれない孤独、拒絶されるようなところでは痛み、悩み、落ち込むことになる。
聖書が告げる愛はアガペーです。ギリシャでは4種類の愛がある。1,エロス:男女間の愛。神様が男と女を純粋に愛し合うように作られた。人間の罪により堕落した愛に変わった。2,フェーリオ:友情の愛、ダビデとヨナタンの友情、メロスとセリヌンチウスの友情。3,ストルゲー:母親の子どもに対する愛、細やかな愛で私たちには大きくなった背後に母の愛がある。
 この聖書の愛は前の3つの愛ではなく、アガペーである。この個所から3つ表されている。その1.「神の愛が…示されました」(9節)公然と目に見る形ではっきりと表された。歴史に中で、イエス・キリストを遣わして世の人が知って、見て分かるようにした。つまり今、クリスマスによって神が愛だということを示された。その2.「わたしたちが神を愛したのではなく」(10節)先に神がわたしたちを愛してくださった。沢村五郎先生の説教集に「互いに愛し合いましょう。相手が声を掛けてくれなくても良いではないか」と語っている。その3.神の愛はわたしたちを許してくださる。
私たちの罪には4種類ある。1,「法に背くこと」(Tヨハネ3‐4) 2,不義は罪です。不義とは心の中のやましい思い、むさぼり、憎むことなど。3,「人がなすべき善を知りながら、それを行わない」(ヤコブ4‐17)4、「私を信じないこと」ヨハネ16-9キリストを信じないのは罪。
 このわたしの罪の身代わりになられたイエスキリストが十字架につけられ、救いを完成されました。今日、悔い改めませんか、そして新しい永遠の命をいただきましょう。


                      (文責・S兄)

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