礼 拝 説 教 要 旨             2004.1.25
「信仰によって生きる」   
ハバクク書2章1〜4節
小 菅 剛 牧師
 

預言者ハバククの生い立ちについて聖書に詳しく記されていません。しかしながら、その名前が意味するところに彼の人柄が表れているのです。ハバククとは「神に抱きつく、神にしがみつく」という意味です。それはとりもなおさず、彼が「祈りの人」であったことを物語っています。
 この時代、国の外を見るとカルデヤ人(バビロニア人)は東方を制覇しつつあり、その勢いはユダにも達しようとしていました。また、国内には暴虐が満ち、律法は捨てられ、道徳が乱れていたのでした。このような時、ハバククは神に自国の救いをひたすら祈ったのでした。その祈りに対して神は「カルデヤ人を起こす」という答えをもってのぞまれました。荒々しい血も涙もないカルデヤ人がユダを制服するというのです。この神の答えに対して、ハバククは再び「わが神、わが聖なる方」である神が邪悪な民を用い、神の民を滅ぼされるのかを必死に祈りました。この祈りの後、主を静かに待ち望んだのでした。祈りの人ハバククは、「求め、訴え、願う、嘆く」のではなく、祈りの後は神の答えを「見よう、聞こう」と神の言葉に全く聞き従う姿勢で待ったのです。
 そして、神は答えられました。「もうひとつの幻がある。たとえ遅くなっても、待っておれ。それは必ず来る。」(2:3)と。すばらしい神の約束です。さらに「神に従う人は信仰によって生きる」(2:4)この御言葉こそ、聖書のなかでも重要な一句なのです。M・ルッターをしてヨーロッパ全土に宗教改革のうねりをもたらした原動力は、「律法でも行いでもなく、義人は信仰によって生きる」とのこの御言葉からでした。また、内村鑑三も、祈りの中でこの御言葉「信仰によって生きる」から、自分の内側を見るのではなく、内を潔める十字架を見上げることの恵みを示され、彼の後に続く多くの青年たちが信仰に入っていく力になったのです。わたしたちも、神の約束を信じて疑わず、十字架をただただ見上げて共に進みましょう。
      
          (文責・H兄) 
 
                
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