救われた者は、何らかのきっかけがあって、教会に導かれ、福音に接したのです。もし自分が福音に出会ってなかったらどんな人生を送ったであろうかと思う時、救われる前の自分のような人々が、神を知らず、人生の目的も意味も分からず、苦しみ、悩み、また、自ら命を断っていく姿を思う時、福音を伝えずにはおれないという心になることは当然なことであると思います。
私は毎週のように出張し、全国で展示会をしています。常にポケットにはトラクトを入れ、空港で、ホテルのフロントで、大浴場で、またタクシ−の中で、短い証しと共にトラクトを渡します。また、「名刺は忘れても、トラクトは忘れるな」が会社の方針で、みんな実行しています。
伝道は年に1・2回の特伝でなく、救われた者にとっては、毎日が伝道です。キリスト教書店にあるトラクトや、教会の集会案内、また、テレビ、ラジオの福音番組を紹介したものをセットにして配り、「教会にお気軽にお越しください」と声を掛けることは、誰にでもできる方法です。近年は教会や経済界等、多くの人の前で証しをしますが、入信当時は内気で人前で話すことが苦手でしたので、トラクトを多くの家庭、出会う人々に配り続けてきました。
最近も赤穂市での展示会の時、礼拝に出席する前トラクトを渡しましたら受け取られた方が、私と一緒に礼拝に出席されました。ランチの交わりにも残り、牧師と信徒の方々に紹介して帰りました。「伝える者がなくて、どうして聞くことができるでしょうか」との御言葉を思い起こします。
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