礼 拝 説 教 要 旨             2003.6.8
「宣教の力」   
使徒言行録1章8節
小 菅 剛 牧師
 

   今日のテキスト使徒言行録はルカ福音書の続編であります。ルカ福音書はイエス様が行い、また教え始めてから天に上げられた日までのことを、使徒言行録はイエス様が天に帰られた後、弟子達に与えられた「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」との宣教命令がエルサレムから始まりユダヤとサマリア、また地の果てに至るまでどのように展開されていったかが記されております。
 宣教のポイントが今日のテキスト1・8です。まず宣教の担い手は誰なのか。イエス様はあなたがた弟子達だと今日言われています。「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。」のを間近で見、体験してきた弟子達です。しかし、イエス様復活後も40日にわたって現れなければならなかったような鈍い弟子達です。故にイエス様は「しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。」(ヨハネ16・7)と言われています。次に宣教の動力はどのようにして与えられるかです。聖霊のバプテスマ、キリストと共に死に葬られ甦る「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。」(ガラテヤ2・20)と言われるパワーです。又あなたがたの上に聖霊が降る≠ニ、あなたがたは力を受けるのです。聖霊は上から付与されるのです。信仰によって受けることができますが受ける側の信仰の確かさということではありません。降る≠フですから主体性は与える側にあるのです。この聖霊に満たされる時、内側から力が湧いてくるのです。最後に宣教の内容です。わたし(イエス様)の証人となるのです。そのことによって様々な困難・妨害等に遭うのです。しかし、「わたしはこの都を守り抜いて救う。わたし自らのために、わが僕ダビデのために。」と主は言われています。    (文責・S兄)        
 
                
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