礼 拝 説 教 要 旨         2002.12.1
「神の守りの約束」
イザヤ7章1〜17節
小 菅  剛 牧師
 
 
「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産みその名をインマヌエルと呼ぶ。」
 インマヌエル=神我らと共にいます。これは、ダビデの家を救い、守られるしるしとして与えられた名である。ユダの王アハズは、主の前に正しいことを行わなかった王である。故にアラムの王レツィンやイスラエルの王ペカに攻められ、多くの損害を被った。さらにレツィンとペカが同盟して、エルサレムを滅ぼそうと攻めてきたので、アハズやユダの民の心は森の木々が風に揺れ動くように動揺していた。そこにイザヤが遣わされ、落ち着いて静かにしていなさい、恐れることはない、このことは決して実現しない、と語られた。神様が共におられ、守り救うのだから、いくらたたかれても生き残ることができる、大丈夫だ、と。
 しかし私たちはなかなか信仰に立てない。風や波を見て恐れ、5つのパンと2匹の魚が何になる、といってしまう。しかし、ここで神は、しるしを求めよとアハズに告げておられる。アハズは「求めない。神を試みるようなことはしない」と答えた。一見信仰的なようであるが、かたくなな心である。そこで神自ら、「おとめが身ごもって男の子を産む」というしるしを与えられた。それは人知を超えたしるしである。凝乳と蜂蜜を食べて育つとは、普通の子と同じように育つということである。そしてその子に分別が付くようになる前に、つまり2・3年の内に、レツィンとペカは滅ぼされるという預言なのである。
 そのしるしは、クリスマスである。見えない神が、見える形をとってこの世に来てくださった。そのお方は恵みと栄光に満ちておられる。おとめマリアから生まれ、普通の子と同じように育って、私たちの罪をすべて身に追って、十字架について下さった。イエス様ご自身が肉体を裂いて下さったのである。私たちと同じように肉体をとって歩んで下さった。故に私たちの弱さを思いやって下さる。インマヌエル、神共にいます。私たちを救い、守られるしるしである。      (文責・I兄)

 

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