礼 拝 説 教 要 旨 2001.5.6
「イエスにつまずかない人」
マタイ11章2〜19節
小 菅 剛 牧師
イエス様につまずかない人、イエス様を誤解しない人は幸いである。ノンクリスチャンはクリスチャンにつまずき、信徒は牧師につまずくことがある。人をつまずかせないようにと生きることは大切であるが、そのために萎縮してしまってはいけない。
人をつまずかせてはいけない。しかしつまずかせる、とは相手を意図的に罪の誘惑に誘い込むことを指すのである。私たちは弱さを持ち、成長が必要である。しかし人を罪に誘い込むような行為をするだろうか。私たちは人をつまずかせないように歩んでいるのである。
自分がつまずかないように気をつけなければならない。聖書にはイエス様につまずいた人が多数出てくる。だからクリスチャンにつまずく人は出てくるのは当然である。だから自分がつまずかないようにすることは大切である。つまずかないようにするためには、聖書を読むことである。人に期待して裏切られるからつまずきを覚える。人に期待せずに神に期待する信仰生活を送りたい。
どうすればつまずきから立ち直れるのか。ヨハネもイエス様につまずきを覚えたが、イエス様自身のもとに弟子を使わして「きたるべき方はあなたでしょうか」と尋ねさせた。イエス様のもとに行き、イエス様に聞くことがつまずきから立ち直るポイントである。
イエス様のもとに行く人はつまずかない。人のうわべだけをみないという訓練が必要である。その人の生い立ちを見ていける者となりたい。自分が神の前にどういう人間であるのかを忘れてはいけない。忘れるとつまずきにつながる。自分の不信仰を人のせいにしない。人に期待するところにつまずきは起こる。
イエス様は弟子には決してつまずかれなかった。人に期待して裏切られ、つまずくのはサタンの手口である。人をつまずかせないように注意するとともに、自分もつまずかないようにイエス様のもとに行きましょう。(文責・I兄)
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