礼 拝 説 教 要 旨          2001.1.28
「愛に生きる」
マタイ5章13〜48節
小 菅  剛 牧師
 
 
 山上の説教は、最初はすばらしい教え、この通りに生きたいと願う教えである。しかし、信仰生活が進むと、自分の姿とのギャップを感じる部分である。
 今日のテキストは8つの項目に分かれているが、ここで教えられているのは、「愛しなさい」「愛に生きなさい」ということである。私たちは、世の光、地の塩として世の人に神の愛を語る者である。腹を立ててはいけない。ファリサイ人の義を超える教えである。兄弟には親切、寛容でありなさい。姦淫してはならないとは、人々に対してきよい心で接しなさいということである。誓ってはならないとは、嘘を言わず、隣人に誠実、真実でありなさいということである。復讐してはならない、強いてこれをせよ、という人にはそれ以上のことをせよということである。あなたの敵を愛しなさい、教会の中ではすべて兄弟姉妹、分け隔てせず、すべての者をすべての者のように愛しておられるイエス様にならい、愛し合いなさい。ここに貫かれているのは愛である。愛するということはどういうことであるか、具体的に示されているのである。
 教会は祈る。祈りとは神に語り、神に聞くということである。人格と人格が向き合って語り合うことである。現実の自分には愛がない。怒り、憎しみがある。そのような私に、愛をください、と祈るのが教会の祈りである。
 イエス様は律法を成就するために来られた。モーセの律法は、主イエス様が、十字架の上でご自身を献げられたことをもって成就したのである。
 天に昇られたイエス様は、私たちに聖霊を送ってくださる。律法を心に置く、とは聖霊を心にお迎えして、王座を占めていただくことである。聖霊を心に置いて歩む者としていただきたい。(文責・I兄)                   

 

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