礼 拝 説 教 要 旨 2000.9.3
「胸に熱い火を」
ルカ12章49〜53節
小 菅 剛 牧師
ルカ12章には、世の終わりにおいて弟子たちはどう歩むべきかが示されている。偽善に気をつけなさい、とある。私たちはいかに偽善に陥りやすいことか。神と自分との間に”人”を入れると偽善に陥る。”物”を入れると貪欲に陥る。”自分”を入れると思い煩いに陥る。神と自分の間には何ものをも入れない、信仰の訓練は必要である。私たちは神に選ばれた民である。なぜ選ばれたのかはわからない、神の主権によって選ばれたのである。しかし選ばれた目的ははっきりしている。
「わたしは、火を地上に投じるためにきたのだ」とイエス様は言われた。神がのぞんでおられることは何であろうか。地上に火が燃えていることをのぞんでおられるのである。熱心な人々が起こされることをどれだけ願っておられることか。火が燃えてくると分裂が起こると書かれている。クリスチャンはもめ事を起こすことはない。平和を造り出す者でなければならない。しかし熱心になればなるほど、まわりからの攻撃が起こってくる。しかしそれほどまでに燃えていて欲しいと願う。
イエス様は私たちのために十字架につき、死んで葬られ、3日目によみがえり、天に昇られた。復活のイエス様が私たちの所に顕れ、トマスに示されたごとくに御傷を示してくださればよいのに、と私たちは思う。しかしイエス様が父の御許に行かなければ、聖霊は降らない。イエス様の御霊が私たちに降るとき、私たちは燃え上がるのである。
レビ記6章には、祭壇の火を消してはならないとある。そのために朝ごとに新しい薪をくべよ、と書かれている。薪をくべなければ燃え続けることはできない。私たちが燃え続けるための薪は御言葉である。日々聖書を読み、御言葉をいただき、燃え続ける者とされたい。(文責・I兄)
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