2022年1月23日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞 イザヤ書43:19
頌  栄 26
讃 美 歌 57(1)
主の祈り 93−5B(P148)
開会祈祷 司 会 者
創立記念の証  今枝 和代姉
新 聖 歌 285(1)
聖書朗読 マタイ7:1−12(P11)
メッセージ 小菅  剛師
「求めなさい、そうすれば」

 

説 教 要 旨   

 

 イエスが山で語られた(5:1)教えは、山上の説教と言われています。3章で多くの人に親しまれています。
1,山上の説教のまとめ
「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人に死なさい」(:12)これが、5章から7章の山上の説教の要約です。孔子は「人からして欲しくないことは、人にしないように」と教えました。イエスは、積極的に「人にしなさい」と言われています。これを別な表現をすれば「隣人を自分のように愛しなさい」(マタイ22:39)と言えます。これは、傷ついた人の隣人となった人の教え(ルカ10:30〜38)も同じです。山上の説教は、まとめると隣人愛が言われています。

 

2,求めなさい
説教の後半はこの7節から始まります。イエスは、山上の説教を生きる道をここで示されました。私たちは、山上の説教を聞き実行するとなると、なんと弱さを覚えます。イエスも、教えを聞いたことを自分の力で実行できないことを知っておられました。あまりに隣人愛は崇高で清い教えです。できないことを、あえて理想として教えられたのでしょうか。イエスは、神にその力を求めることを教えられました。「求めなさい。探しなさい。叩きなさい」とは神に求める熱心を語っておられます。求める人に、父なる神は、私たちに実行する恵みを与えて下さいます。「求めなさい。探しなさい。叩きなさい」は招きであり、命令であり、求め続ける継続が含まれています。神の前に、祈る人が実行者に変えられるのです。
3,イエスは隣人愛に生きられました。
山上の説教を教えられたイエスは、実行者でありました。隣人であるあなたを愛して、十字架にかかり罪の償いをしてくださいました。このイエスを仰ぎましょう

2022年1月16日 礼拝説教要旨

オープニング
新 聖 歌 491
主の祈り 93−5B(P148)
開会祈祷 司 会 者
讃 美 歌 197
聖書朗読 創世記50:15-21(P84)
メッセージ 小菅  剛師
「悪をも善に変えてくださる神」

 

説 教 要 旨 
 ヨセフは、父が死に昔のヨセフにした悪に仕返しをされるのではないかと心配する兄弟たちに「あなたがたは私に悪を企てましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです」(:20)と答えています。悪を善に変えて下さる神がおられるのが創世記の神です。
1,ヨセフに悪を企んだ人たち
(1)兄弟たちに憎まれてエジプトに売られる。37章
(2)エジプトで不当にも牢獄に入れられる。39章
(3)夢を解いてあげた献酌官長ヨセフを忘れる。40章
2,神は悪を善に変えられた
(1)ファラオの夢を解き支配者になるヨセフ。41章
(2)飢饉の中にヤコブ家族エジプトに来る。45〜49章
(3)父ヤコブの死後、兄弟たちはヨセフの仕返しを恐れる。ヨセフは兄弟たちに悪を善に変えて多くの命を救いに導かれた神の計画(摂理、神の見えない御手で導かれる)を告げます。

神は人生の出来事の一つ一つを組み合わせて、多くの救いをもたらされます。
3,イエスにおいて
 祭司長、律法学者、群衆たちはイエスに悪を企み、イエスを十字架に架けて殺しました。神は、人の悪を善に変えて多くの人の救いを行われました。
4,パウロにおいて
 ユダヤ人の陰謀で獄中にいるパウロは「わたしの身に起ったことが、かえって福音の前進に役立った」(フィリピ1:12)と言い、「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにしてくださることを、わたしたちは知っています」(ローマ8:28口語訳聖書)と。
結論:神は万事を私たちの益となるように働いておられます。この神に信頼して、進んで行きましょう。

2022年1月9日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞 イザヤ書43:19
頌  栄 26
讃 美 歌 18
主の祈り 93−5B(P148)
使徒信条 93−4B(P146)
開会祈祷 司 会 者
聖 歌 隊
讃 美 歌 368
聖書朗読 ゼカリヤ8:1-23(P1463)
メッセージ 小菅  剛師
「アゴラヴィジョン」

 

説 教 要 旨   

 

 教会は70周年に向かって進んでいます。「幻なき民は滅びる」(箴言29:18英訳)とあります。教会はアゴラヴィジョンに立って歩んでいきます。
1,アゴラヴィジョン:4,5
広場はギリシア語でアゴラです。アゴラに年老いた男女、男女の子どもで満ちるとあります。高齢社会、少子化の中で神は希望のアゴラを示しておられます。
2,主は言われる
プランは人が考え、ヴィジョンは神が計画され、実行されます。この章に「主が言われる」が16回ほど、「万軍の主」が15回出てきます。このアゴラヴィジョンは神の計画であり、これを神は実行されます。信じます。

3,このヴィジョンは神の愛から出ています。
2節に二回「妬む」が出てきます。人間の妬みは罪ですが、神に妬みは激しく強い愛です。10節と14節に神を怒らせた民の罪と堕落がありました。11節に「今」神がその民を激しく愛して行動を起こすと言われるのです。神はわたしたちに「勇気を出せ」(:9,13)言われます。この希望に立って力強く進んでいきましょう。
4,リバイバルが起きます:7,8
散らされ、失われている神の民が戻ってきます。放蕩息子が本心に立ち返って父のもとに帰ってきたように。バビロンに捕囚となった民が、エルサレムに帰って来たように。まず、キリスト者のリバイバルです。神が主権をもって栄光を自ら現わされるのです。信じて、リバイバルを祈り続けましょう。
5,多くの民が帰って来ます:20〜23
次に世の人々が神のもとに帰って来ます。その時、あなたが10人をつかむのではなく、10人があなたをつかみます。これに応えれる霊的体力をつけましょう。

2022年1月2日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞 イザヤ43:19
頌  栄 26
讃 美 歌 351
主の祈り 93−5B(P148)
使徒信条 93−4B(P146)
開会祈祷 司 会 者
聖 歌 隊
讃 美 歌 61
聖書朗読 Tペテロ2:1-10(P419)
メッセージ 小菅  剛師
「あなたがたは聖なる国民です」

 

説 教 要 旨   

 

 神は、生ける御言葉(キリスト)を通して新しく生まれ変わらせて神の子としてくださいました(1:23)。神の恵みによって成長させて下さり「生ける石」「聖なる祭司」とまでしてくださいました(2:4,5)。これは、神の計画、神の決定、神の定めてくださったことです(:6〜8)。今年はこの原点、基本たち、使命を果たしていきます。
1、わたしたちは聖なる民です:9a
 救われた私たちは、神の前にどのような立場、民であるかを、確認しましょう。
(1)選ばれた民。ヨハネ15:16,1コリント1:26〜28。
(2)王の祭司。:5。世界の祝福をとりなします。
(3)聖なる国民。他の国民と異なり、神の使命ある。
(4)神の民。神の憐れにより神の子とされました:10

2,聖なる民の使命は宣教です:9b
(1)イエスは、この世に遣わされました時、使命を自覚して来られました。それは、罪から救うことでした。そのために、十字架に架けられ、三日目に復活されました。イエスは、「派遣」「神の御心」「使命」を意識して生涯を歩まれました。
(2)わたしたちも、救われました目的、使命を持ちます。この使命は、私たちが祈り、考えるものものではありません。イエスは、自分で使命を見つけることはされませんでした。父から与えられた使命を果たされたのです。私たちも神から使命が明確に与えられています。それは、救い主の顕現を広く伝えることです(:9)
(3)わたしたちは、福音の真理を個人的に経験した上で伝えします。神の言葉は、語る人の人格を通して働きます。ですから自分の事に気をつけなければなりません。実経験に立ち福音を語る時に効果があります。
(4)この福音宣教は、「聖なる国民」である教会を通して世に証しします。あなたも必要とされています。

2021年12月26日 礼拝説教要旨

前  奏 へジョン師
招  詞 イザヤ書60:1
頌  栄 25
讃 美 歌 475 
主の祈り 93−5B(P148)
使徒信条 93−4B(P146)
開会祈祷 司 会 者
聖 歌 隊
新 聖 歌 171
聖書朗読 マタイ2:1-12(P2)
メッセージ 小菅  剛師
    「宝の箱を開けよう」

 

説 教 要 旨   
 今月「感謝を神へのいけにえとせよ。感謝をいけにえとする者は私を崇める」(詩篇50:14,23)を教えられました。今日のテキストで、これを行いました博士たちが出てきます。東方の博士たちが、ユダヤ人の王であり救い主である幼子イエスに会い、ひれ伏して宝の箱を開けて黄金、乳香、没薬を献げました。
1,神に導く聖書と星
 神は私たちが救い主に出会う道を教えておられます。世界の代表である博士たちに救い主を現わされましたので公現日と呼んでいます。1月6日です。クリスマスの12月25日もいずれも教会の伝統です。東方とはバビロンです。ユダヤ人は紀元前586年にバビロンに捕囚になりました。博士たちは古文書棚からユダヤ資料に、「一つの星がヤコブから出て、一つの笏(王をさす)がイスラエルから立ち上がり」(民数記24章17節)とあるのを見つけました。

夜空にその星を見つけて、エルサレムに行きます。ユダヤの地の場所までわかりません。その町がベツレヘムと教えられて(ミカ5:1)、イエスに会います。羊飼いたちは天使の言葉に従うことによってメシアに会いました。神はあなたが救い主に会えるように導いておられます。聖書があなたを救い主に導きます。
2,救い主にふさわしい贈り物を
 油は、王の戴冠式に王の頭に注がれました(サムエル上10:1、16:13)。東方の博士は、宝の箱を開けて黄金、乳香、没薬を献げました。黄金は王として、乳香は祭司として、没薬は救い主(十字架の死)としてイエスに献げました。感謝をいけにえとしてイエスに献げた博士たちでした。羊ヶ丘教会は、2021年創立60周年の年、コロナ禍の中でたくさんの恵みを受けました。宝の箱をあけて感謝をいけにえとしましょう。

2021年12月19日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞 イザヤ書60:1
頌  栄 25
讃 美 歌 267
主の祈り 93−5B(P148)
使徒信条 93−4B(P146)
開会祈祷 司 会 者
聖 歌 隊
讃 美 歌 252
聖書朗読 ルカ2:1−14(P101)
メッセージ 小菅  剛師
「今日、救い主の誕生が」

 

説 教 要 旨   
 天使は、「今日、救い主がお生まれになった」と告げます。ですから、クリスマスはイエスの誕生と言うより、救い主の誕生です。教会にまことのクリスマスがあるのではなく、私の救い主の誕生となった時がまことのクリスマスです。では、救い主の誕生を見ましょう。
1,歴史の中で起きた誕生です。
「今日、救い主がお生まれになった」と言う「今日」がありました。ローマ皇帝アウグスト(紀元前31〜紀元14)の今日でした。皇帝は世界に知られていましたから世界の今日です。シリア州の総督キリニュウスは地方で知られていました。歴史をどう解釈するかは人により異なりますが、歴史に起った事実は人により変わるものではありません。ローマ元老院で人口調査は紀元前8年にあり、地方のナザレにまでその調査が行われたのは紀元4年ころでした。

「今日」という日があったのです。揺るがない歴史の一点に救い主はお生まれになりました。救いは夢、空想ではありません
2,クリスマスの中心
クリスマスの中心は、「救い主の誕生」です。これはエデンの園で堕落したアダムに預言された救い主の成就です(創世記3:15)。知者でも英雄でも教祖でもありません。人はすべて罪を犯して神に祝福を、栄誉受けることはできません。この堕落した欲望と自己中心、偽善者の世界を救うために神は準備して、救い主を誕生させられました。飼い葉桶は、救い主が卑しめられることのしるしで十字架を指します。また、飼い葉桶は、私たちのこころの汚れを意味します。
3,あなたの救い主の誕生
 「あなたがたのために」と天使は告げます。あなたのために救い主は誕生しました。今日、あなたの救い主の誕生としましょう。ここにまことのクリスマスが。

2021年12月12日 礼拝説教要旨

オープニング 合唱団KIYOTA
招  詞 イザヤ書60:1
頌  栄 25
讃 美 歌 175
主の祈り 93−5B(P148)
使徒信条 93−4B(P146)
開会祈祷 司 会 者
讃 美 歌 241
聖書朗読 詩編50:1-15(P866)
メッセージ 小菅  剛師
「感謝をいけにえに」

 

説 教 要 旨   
注釈に賛歌、アサフの詩とあります。アサフは、礼拝の指導者です。アサフは、感謝をせよという勧めではなく、感謝をいけにえとせよと勧めます。そこに込められているものは何でしょうか。
1,神の第一の招き「感謝をいけにえとせよ」:1〜14
(1)神は「私のもとに集めよ」と呼びかけ、何を礼拝者に求められているかを告げられます。8節で「いけにえのことであなたを責めない」とありますが、このいけにえは、雄牛、雄山羊、鳥(:9〜13)であります。語り、光を放たれる神、我らのところに来られる神、ご自分の民を裁かれる神、神の義を知らされる神がおられます。この神に十分いけにえは献げられましたがそれにふさわしい感謝がなかったのです。感謝をいけにえとする礼拝への挑戦です。
(2)マンネリー化している礼拝への挑戦です。

(3)神の恵みを忘れないで覚える事への挑戦です
(4)神の恵みが何であるかを知り、受ける資格のないもであることへの挑戦です。「感謝をいけにえとする者はわたしを崇める」(:23)とあります
(5)生き生きとした礼拝への招きであります。
2,神の第二の招き「苦難の日に、私を呼べ」:15
 感謝をいけにえとしたら、次は「苦難の日に、私に呼びかけよ」と招かれます。わたしたちは、苦難の日に神が応えて下さって、これに感謝して祈ります。しかし、ここでは、感謝して「それから、私を呼ぶがよい」(新共同訳)となっています。感謝が先です。神の恵みの自覚と感謝の中で、苦難の時に神に祈ることを求められます。パウロは、「どんな場合でも、感謝込めて祈りと願いを献が」(フィリピ4:6)から、まず感謝を込めてから祈れと勧めます。そうすれば、神は答えると約束されます。

2021年12月5日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞 イザヤ書60:1
頌  栄 25
讃 美 歌 241
主の祈り 93−5B(P148)
使徒信条 93−4B(P146)
開会祈祷 司 会 者
聖 歌 隊
讃 美 歌 244
聖書朗読 ヨハネ黙示録3:14-22(P444)
メッセージ 小菅  剛師
「戸口に立たれるキリスト」

 

説 教 要 旨   
クリスマスに生まれられたキリストは、再びこの世に来られます。神は、再臨のキリストにお会いできる備えをするように語っておられます。
1,メッセージの発信人:14
(1)アーメンである方・・メシア預言を成就される方
(2)忠実で真実な証人・・神が遣わされたキリスト
(3)万物の創造者・・・・この神は愛です。クリスマスを企画され、実行された神です。人を造られ、愛された神がクリスマスを歴史の中で実現された神です。
2,私たちは自分がわかっていない:15〜17
私たちは余りに罪深く堕落してしまいました。「自分が惨めな者、哀れな者・・であることがわかっていない」。と神は言われます。自分が裸の王様であることに気づかない惨めなものです。富める百姓はについてイエスは「愚か者よ」と語られた。

これでは、キリストが来られた時、恥を受けるばかりです。真実な自分を知りたいものです。
3,神は、惨めなものを愛されます:18〜19
 神はあなたを愛してキリストを遣わしてくださいました。私たちはキリストを認めず、受け入れず拒否しました。でも愛されます。「火で精錬された金」「白い衣」「目に塗る薬」はキリストの十字架です。キリストは私たちを愛して、十字架で命を捨ててくださいました。神は、愛するゆえに人を責め、鍛錬されます。恐ろしいのは無視、放任です。神はあなたを愛して、自ら十字架で打たれ、そして、愛する人を打たれるのです。
4,戸を叩くキリスト:20〜22
 あなたのすることは簡単です。あまりに簡単すぎて拒絶してはいけません。戸を叩く教育、宗教、哲学はありますが戸を開いてはなりません。羊は羊飼いの声を聞いて、聞き分けて戸を開け従います。心の戸を開けよう。

2021年11月28日 礼拝説教要旨

前  奏 へジョン師
招  詞 ヨハネ黙示録22:20
頌  栄 25
讃 美 歌 236 
主の祈り 93−5B(P148)
使徒信条 93−4B(P146)
開会祈祷 司 会 者
讃 美 歌 573
聖書朗読 黙示録2:8-11(P441-442)
メッセージ 小菅  剛師
  「死に至るまで忠実であれ」

 

説 教 要 旨
今日からアドベントで主の再臨を心に留め、備えをする季節を迎えました。神は、7つの教会にメッセージを与え再臨の備えをするように勧めておられます。それは、再臨の時に「嘆き悲しむ」(1:7)ことのなく、喜びをもって「マラナ・タ」とお迎えできるためです。
1,死に至るまで忠実であれ(:10)
スミルナの教会には「死に至るまで忠実であれ」と語られ、これが再臨への備えです。スミルナはエフェソに次ぐ栄えた町です。どのように福音が伝えられて教会が建ちましたかはわかりません。この教会は苦難に会い、貧しい人たちが集まっていました。豊かな町の中でキリスト者は貧しかったのです。苦難とは、激しい悪魔の試み
です。貧しい物質的な試みと悪魔による信仰の二重の試みを受けていました。

悪魔は、キリスト者が信仰を放棄するように挑んできます。イエスが悪魔の試みに遭われ、神の子の力で勝利されず聖書を用いて勝利されました物語をスミルナの教会は深く心に留めて戦いました。
2,主は「知っている」(:9)
ここに二回言われます。真の豊かさとは神に知られていることです。神が貧しく試みを受けているキリスト者を顧み、守り、介入しておられます。神に知られても叱責も悔い改めの言葉もありません。神は小さい群れが忠実に信仰の戦いをしているのを知って「死に至るまで忠実であれ」と励まされています。
3,命の冠を授けよう
「ひとたび死んだが生き返った方」(:8)イエスが、命の冠を与えると言われます。この命の冠は、第二の死(20:11〜15)に出てくる火の池に投げ込まれない命です。慌てることなく、毎日の信仰生活を忠実に生きることが再臨の備えであると覚えて、忠実に生きましょう。

2021年11月21日 礼拝説教要旨

オープニング  伝 道 部
証  詞 小菅香世子師
主の祈り 93−5B(P148)
開会祈祷 司 会 者
讃 美 歌 371
聖書朗読 ヨハネ黙示録2:1-7(P441)
メッセージ 小菅  剛師
「再臨の備え・初めの愛に」

 

説 教 要 旨
黙示録は、メシアが雲に乗って来られ(1:7)世界を統治(1:12〜16)がテーマです。そのとき、メシアを信じなかった世界の人々は「嘆き悲しむ」(1:7)のです。この時後悔しても取り返しがつかず、神の裁きの座に私たちは立たされ行いに応じた裁きが行われます。黙示録は、再臨のキリストに備えをするように7つの教会にメッセージが送られます。7つの教会のすべてに共通して「耳のある者は、霊が諸教会に告げることを聞くがよい」(2:7,17,29,3:16,13,22)とあります。ですから7つのメッセージは世界の教会は聞かなければなりません。
1,最も大切なメッセージ
第一のメッセージはエフェソの教会に告げられます。それは、7つの教会の大きな教会であったからでも霊的センター的教会でも、政治経済の中心にある教会だからでもありません。

エフェソ教会が最も重要な事柄から落ちてしまったことに対する叱責を告げられるのです。
2,初めの愛にとどまれ
エフェソの教会は行いの労苦と忍耐がありました。偽預言者やニコライの教えなど異端を見破り正統信仰を保ちました(2,3,6)。表面は素晴らしいように見えました。しかし、「あなたは初めの愛を離れてしまった」(:5)と叱責を受けています。これは教会の致命的な事柄です。イエスは「私の愛にとどまりなさい」(ヨハネ15:9)と言われ、「私を離れてはなにもできない、私につながっていなければ、集められ、火に投げ込まれる」(15:6)と言われました。燭台が取り除けられる(:5)とはこのことです。イエスに出会ったころの愛を思え起こして、悔い改めて初めの行い、即ち、神を愛し、隣人を愛しなさいといわれました。教会の本質です。弟子たちを愛して、弟子の足を洗われたイエスの愛を思い起こそう。