日本イエス・キリスト教団

 札幌羊ケ丘教会
 
★定期集会
教 会 学 校   (日)          9:30より
礼   拝       (日)         10:45より
夕   拝       (日)         20:00より
聖書研究祈祷会(水)         11:00より
聖書研究祈祷会(水)         19:00より
早天祈祷会(火〜土)          6:00より
 
 鵺(ぬえ)と呼ばれた女性
 悪妻、悪女、烈婦(気性が激しく、志を貫く女性)、鵺(顔はサル、足は虎、身体はたぬき、尾は蛇である想像上の動物。正体不明のありさま)と呼ばれたのが京都同志社大学創設者新島襄の妻八重です。戊辰戦争のとき、男装をして命中率の高い最新銃を持って官軍と戦いました。最新の技術を身につければ女性も男性と同じように戦えることを実践したのです。京都に移った八重は、二条城をキャッスルと呼び、男性さえ困難な直談判を繰り返して当時の役人を困らせました。
 新島は、井戸に板を置き、そこに腰を下ろして足を井戸の中にぶらさげて涼をとり、読書をしている八重を見て近代女性としての八重に心が動きました。新島は西洋のように男性と平等に生きる女性を求めたのです。八重は、新島に導かれて洗礼を受けました。二人は日本で最初のキリスト教の結婚式を挙げたのです。和服に西洋靴を履き、西洋帽子をかぶる。その姿はまさに鵺であり、生き方もそうでした。新島がレディーファーストにすれば、人々は主人を尻に敷く恐ろしい悪妻と言い、徳富蘇峰は八重を鵺と呼び罵りました。しかし、晩年同志社の女性として評価しましたが。八重は、唯一の理解者であった襄を心からを愛しました。その襄が四十八歳で召天した時、理解者を失って深く嘆きました。その後、当時女性として全く新しい分野の従軍看護婦となって活躍し、「寂中庵」という茶室を造り茶道の師範になりました。茶道で「寂」は揺るがない不動の心を指します。八重の生き方は、当時は悪評を受けましたが、後に評価されました。うわべで判断してはなりません。また、後世の審判に耐える行動をするには、神からの知恵と勇気が必要です。
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      2009年 6月21日
      2009年 6月14日
      2009年 6月 7日
                    
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